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三修社『ほくたちの英語』刊行記念 黒田龍之助先生 講演会

ことばへの異常は愛情〜または私は如何にして大学を辞めて語学するようになったか〜

講演録(2010年1月28日 三省堂書店神保町本店)

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「ことばを学ぶことは、文法や語彙を身につけることだけではない」

 ロシア語の教材を作るのがわたしのメインの仕事だと思って、いろいろ作ってきました。『かたち』とか『しくみ』とか、なるべくロシア語を新しい切り口でと思って作ってきたんですけれども、ただロシア語業界の人たちからはあまり褒められませんでした。「やさしすぎる教材を作るのは良くない」と。「なぜ?」と思いましたけどね。またある人には「もっと学術的な仕事をするべきだ」と言われまして、「あぁだめだ。僕のやりたいことはここにはないな」と思ったので、それ以来ロシア語の先生たちの団体からは距離を置いて、辞めてしまって、現在に至っていますね。

 実はいまロシア語の先生との付き合いが本当に少なくなってしまいまして。喧嘩したつもりはないんですけど、どうもわたしのやろうとしている事と他のロシア語の先生たちのやろうとしている事がずれているのかもしれません。そのかわりにいろんな外国語の先生と付き合うことができてまして、これは本当に財産だと思っています。

 それは本を作ったりなんかを通してなんですけれども、例えば大分県でベトナム語を教えている田原洋樹君がいまして。彼とは一緒に白水社の『しくみ』シリーズを作ったんですけど、彼は非常に理解のある男で、立命館アジア太平洋大学に勤めているんですけれども、そこで毎年僕を呼んでくれて、「ロシア語の授業を2回分やってくれ」って言うんで、喜んで飛行機に乗って、もう4年ぐらいかな、ロシア語の授業2コマのために大分まで行っています。いつも木曜の午前中なんですが、前の日から別府に入って、その夜は田原君のゼミ生たちとものすごいいっぱいお酒を飲んで、翌朝9時には何事もなかったかのように授業をやる、という過酷なことを毎回やってます。つらいんですけどね(笑)。そこの学生と会うこともまた僕にとってプラスになるんですよね。

 他にも、東京外国語大学でカンボジア語を教えていらっしゃる上田広美先生ともあるきっかけから仲良くなって。いま外語大へ非常勤に行っているんですが、暇があると上田さんの部屋に行ってお茶なんか飲みながらいろいろ話をしています。そういう関係で、実は全くのプライベート講演なのですが、外語大のカンボジア語学科の子だけには年に1回特別講演をしています。それはいつも上田さんが1年生の子たちを対象に、夏休みの宿題として「黒田龍之助という人の本を読んで著者に手紙を書くように!」という、なんともかわいそうな課題を出してまして、それが僕の所に届くんですね。それは応えなきゃまずいだろうということで毎年応えている次第なんです。

 多くの子にとっては「どうしてカンボジア語と関係ない先生の本を読まないといけないんだろう?」と思うみたいですが、その狙いはだんだんわかってくるんですね。上田さんが意図している事はこういう事なんです。つまり、世間の人はカンボジア語を学ぶということに理解がないんです。「なんでカンボジア語なの?」と言われることが多い。悪気が無い人ほど「そんなことやって何になるの?」と言うわけです。で、その時に負けない子たちになってもらいたい、防衛する力をつけてもらいたい、と。そう上田さんがおっしゃるんで、僕はその主旨に賛成して、外国語を学ぶことはいいことなんだよ、ことばを学ぶってことは文法やら語彙を身につけることだけじゃないんだよ、という話をしに毎年行っているわけなんですね。

 これは上田さんが非常にしっかりした方だからだと思います、だからしょっちゅう行っていて、仲良くしているわけです。

「いろんな言語の、いろんな先生たちとの交流が、おもしろい」

講演会の様子04_1

 それから他にもいろんな先生……フランス語の清岡智比古さんとはちょうど同じ時期にラジオ講座をやっていたもので、お互いにメールでNHKの悪口(笑)なんかを書いたりしながら……えーと今日関係者いませんよね? 大丈夫ですね(笑) ……というわけで仲が良くて。この前も彼の出版記念パーティーに行って。あ、そこに貼ってあるポスターの写真は清岡さんの出版記念の時に清岡夫人に撮ってもらったのを使っています。と、まあそんなふうな付き合いがあったりとか。

 NHK関係だと先ほど話したスペイン語の福嶌先生もそうで。最初、クイズ番組か何かで語学の先生が集められて、それでお会いしたんですが、そのとき嬉しかったのが、福嶌先生の方から「黒田先生ですよね?本読みました」と言われて。非常に嬉しかった。で、そのとき、福嶌さんは本当に真面目な方なんですけれども、インカの奇妙な帽子かなんかを被って「ノリ〜」とか言いながらがんばっていて。僕はここまで捨て身になれないなと(笑)。やっぱりでも、そういうのが必要だと思うんですよね。あの、ハングルの兼若先生なんか「ハングル体操!」とか言って……。あれを見て、やっぱり、偉い! 本当に、偉い!と思いました。僕はあれを見ながら、「ロシア語体操」はやりたくない、さすがに「キリル体操」とかいって「べー!」とかやりたくないなとロシア人と二人で言っていましたね(笑)。でも、そうやって印象づけることによってどれだけ大きな効果があるか。そういうことも、テレビ講座では必要なんだと思います。

 その時、もうひとりテレビ講座の講師が座っていて。僕が非常に尊敬していて、後にお付き合いするようになったのが中国語の相原茂先生で。相原先生は非常に理解のある方で。実はある関係からNHKで会う以外にも2回くらい先生とお酒を飲むチャンスがあって、とても影響を受けています。先生は古畑任三郎のマネなんかをして大変中国語を盛り上げていらっしゃるんですが、ただの「面白いおじさん」じゃなくて。彼は中国語の世界、中国語研究の第一人者だと思います。そういう方ががんばっているというのが大事なんじゃないでしょうかね。

 先生も、わたしより1年くらい先に定年を前に大学をお辞めになった方です。それで二人で「いやー、大学辞めるって、いいっすよね」とか、そんな話をしてるんですけどね(笑)。まあそんな感じでいろんな人とお付き合いできるのが非常に嬉しいんです。

「プロとしてのプライド」

 これまでを振り返ると、僕は外国語が上手になりたいとずっと思っていました。はじめはロシア語ばっかりでした。そのためには、発音をよくしよう、語彙を増やそう、表現を身につけよう、さらには現地の事情にも通じていることが大事じゃないか、と思って物凄くガムシャラにがんばっていました。だからその分、思想とか理論とか、そういうものはあまり興味がなかったのかもしれません。それがいいか悪いかわかりませんが、おかげでソビエトが崩壊して価値観が大きく変わっても、僕には何の影響もなかった。僕は今までと同じように勉強を進めることができたと思います。

 それからもうひとつ、これは僕の態度のよくないところなんですけれども、「プロである」という妙なプライドがありまして。例えば通訳だったら絶対しっかり準備をする、それから時間を厳守する、ということが叩き込まれていました。

 教師をするに当たっては、身銭をきって学びに来る生徒さんたちには満足してもらう必要がある、だから「わかりやすく」「おもしろく」というのがキーワードだと思っていました。

 こういうような、一見バイトに見えるような事でも、広くことばと関係ある事をやっていたので、無駄な事は何もなかったと思っています。

 時間厳守ということは、今のように原稿を書くようになってからも変わらないつもりでありまして、今日この中に混じっていらっしゃる編集者の方々にも「わたしは遅れたことが一度もないですよね」と胸を張って言える。……だから同業者からは嫌われるんですけれども(笑)。それでもわたしは絶対に「時間を守る」、これは通訳経験から学んだことかもしれないですね。

「外国語学習は片手間でできるようなものではない」

講演会の様子04_2

 外国語のことに関して、これまでの間に身につけた事とか学んだ事をいくつか考えてみましたが、たとえばこの中にはもしかしたら、わたしのつまらない人生ではなくて、外国語の勉強法の話を聞きたいという人もいらっしゃるかもしれません。時々そういう講演の依頼があったりして、まあ、断ったりしてるんですけれども、今まであんまり言わなかったような事をここでひとつ言いたいのは、外国語というのは簡単なものじゃないっていうことですね。片手間でできるようなものじゃないんです。

 たとえば英語にしても、英語学科とか英文専攻の子たちがですね、日夜物凄く時間をかけて一生懸命勉強して習得に励んでも、なかなか身につかないものなんですよね。それなのに、他の専攻で、しかも全く違う学部……外国語学部でも文学部でもない人たちが、気楽に「英語くらいはできないと!」なんて言うんですけど、それは教師も含めて、そんなもんじゃない、そんなもんで身につくもんじゃないというふうに、僕はもっと言わなきゃいけないんじゃないかと思います。今まで外国語を「勉強しようよ!」って勧めてきた、その態度はこれからも変えませんけれども、安易に身につくと思っている態度は改めてもらわなきゃいけないんじゃないかと最近考えています。

 最近の学生さんはかわいそうなんですよね。大学に入っても好き嫌い関係なく英語を勉強させられる。「させられる」っていう、迷惑の受け身なんです、これは。TOEICとかそういうものによって卒業単位を出すとか、それができないと卒業させてくれないとか、そういうことが増えてきていますよね。そういうところから、なにか大学というのは資格を取る所であるとか、就職の予備校であるとか、そういう価値観が広まって、今それを否定することができないくらい広まっちゃっている。こういう場で僕が一人でそれを「だめだ」と言ってても、それは通用しないんですけれどもね……。

 ただ、TOEICの点数を上げることくらいはできるでしょうし、なにか資格を取ることはできるかもしれませんが、英語は身につかないんです、そのぐらいの時間では。22、23歳ぐらいで英語が身につくことはないんです。これは何語でもそうなんじゃないでしょうかね。

 なぜなら、ひとつは外国語は時間が凄くかかるからです。だから、この中にも社会人としてお仕事をなさりながら外国語を学んでらっしゃる方はいっぱいいらっしゃると思います、その方が何が大変かというと、時間の捻出でしょう。「どうやって時間を作るか?」それが一番大変なんですよね。英語は急には上達しないんです。留学してもだめなんです。だから仕事を辞めて一念発起して留学する人もいますけれども、限界がありますし、それはよくお考えになった方がいいです。もしプロを目指すとしたら、基本的には20代で選択するしかありません。20代から始めて、「プロになろう!」と思って、なれる人もいればなれない人もいるというのが現状でありまして……。本当に時間のかかるものです。

講演会の様子04_3

『ロシア語のしくみ』黒田龍之助著(白水社)

『ロシア語のしくみ』
黒田龍之助著(白水社)

『ロシア語のかたち』黒田龍之助著(白水社)

『ロシア語のかたち』
黒田龍之助著(白水社)

『ベトナム語のしくみ』田原洋樹著(白水社)

『ベトナム語のしくみ』
田原洋樹著(白水社)

『ニューエクスプレス カンボジア語』上田広美著(白水社)

『ニューエクスプレス カンボジア語』 上田広美著(白水社)

『東京詩』清岡智比古著(左右社)

『東京詩』
清岡智比古著(左右社)

『ひねもすのたり中国語』相原茂著(現代書館)

『ひねもすのたり中国語』
相原茂著(現代書館)

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黒田龍之助

1964年東京都生まれ。上智大学卒業。東京大学大学院修了。東京工業大学助教授、明治大学助教授などを歴任し、ロシア語、英語、言語学を担当。現在は、専任を持たず且つ専攻言語のみにとらわれないという意味での「フリーランス」語学教師として、執筆と講演を中心に活動中。専門はスラヴ語学、言語学。2001〜2002年度NHKテレビ「ロシア語会話」、2008年度NHKラジオ「まいにちロシア語」講師。著書に『ぼくたちの英語』(三修社)、『羊皮紙に眠る文字たち』『外国語の水曜日』『その他の外国語』(以上、現代書館)、『ロシア語のかたち』『ロシア語のしくみ』『ニューエクスプレス ロシア語』『にぎやかな外国語の世界』(以上、白水社)、『ウクライナ語 基礎1500語』『ベラルーシ語 基礎1500語』(以上、大学書林)、『ポケットいっぱいの外国語』(講談社)、『はじめての言語学』『世界の言語入門』(以上、講談社現代新書)、 『語学はやり直せる!』(角川oneテーマ21)がある。

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