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三修社『ほくたちの英語』刊行記念 黒田龍之助先生 講演会

ことばへの異常は愛情〜または私は如何にして大学を辞めて語学するようになったか〜

講演録(2010年1月28日 三省堂書店神保町本店)

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「何のために外国語を学ぶのか」

 じゃあプロにならないんだったら外国語を学ぶのは無駄かというと、そうは考えていません。わたしは何のために外国語を学んだか、もちろんプロになるためというのもありますけれども、ひとつは視野を広げるということが大事なんじゃないでしょうか。

 つまりいろいろな言語文化を知ることは、他者を知るということ。そのためには外国語を学ぶのが近道だ、それが何より大事なんだと僕は信じているわけです。

 で、そういう経験を通して、新しい言語とか新しい文化、自分の知らない新しいものに出会った時に、慎重な判断が下せるようにならなかったらそれは嘘じゃないかと。そういう事をできるようになるために外国語をやってるんじゃないかとも思うわけです。

 いくらある一つの言語を、すごく運用力も高くなって、そのことばを何でもわかるようなつもりになっていても、わたしに「ウクライナ語ってアルファベット使ってるんですか?」と質問するような人は……だめですよ……。それは何のために外国語をやってきたんでしょうか。

 それからどの言語もそれなりに美しいんですが、小さい言語にこだわり過ぎちゃうのも良くないですね。意固地になって大言語を批判するのは良くない。大言語が大船に乗ってよその小さい言語を笑うような態度ももちろん良くない。それはどちらも単なるローカル・ナショナリストですよね。どちらも良くないです。そもそも英語を馬鹿にするような人に英語ができる人はいないんですね。だから何のために外国語を学ぶのか、もういっぺん考えた方がいいんじゃないかと思います。

 もう一つ。語学は時間がかかるでしょ? だからプロセスが大事。習得の過程が大事なんだと思います。省略しちゃいけない。何か飛び越えちゃうことはできないんです。だから暗記したり、練習問題を解いたりとか、そういうことをするほかにも、本を読んだり映画を観たり、現地へ出かけたりして、成長していくことを目指さなければ嘘だなと思います。それはわたしが自分でやってきたことを通して気づいた事です。ここに至るまで僕は初めからそういうふうに思っていたわけじゃありません。僕だって英語より他の外国語が好きだった時期があります。小さい言語ばかりを応援したいと思ったこともあるのです。が、今ここまで来て、やっと全ての言語を平等に見て、どれも引っ張っていかなきゃと思うようになったんです。

 それ以外に個人的な感想を付け加えますと、一つの言語だけを極めるのは僕の性格に向いてないのかもしれません。つまりなんというか、あんまりできない外国語って楽しいんですよ、僕にとってはね。今さらロシア語が通じても嬉しくも何ともないですが(笑)、リトアニア語あたりだとね、「おっ、通じた!」っていうのが嬉しいのです。そういうワクワク感がなければ、外国語なんてなかなかやってけるもんじゃないですよね。だからそういう気持ちは絶対否定しちゃいけない。自分の心の中にある楽しさは絶対に否定しちゃいけない。でありながら態度としては、何で外国語をやるのかな、ということを考えておく必要があるかなと思います。

「外国語の学習環境を、これからももっとよくしていかなきゃいけない」

 大学に勤めるようになった後で、いろいろな集中セミナーに通いました。チェコ、ポーランドに加えて、ウクライナ、ベラルーシ、スロヴェニアが3週間ぐらいかな。それからリトアニアの現地サマーセミナーに参加して勉強しましてね、これは省略してはいけないものを省略して集中的にやっていますから、グーッと身につくんですが、忘れるのも早いんですよね。でもそれはそれで僕にとっては大事なものになっていったというふうには思います。

 スロヴェニア語も苦手だなぁ。向こうに行ってもなかなかうまくならないし、しかもセルビア語やクロアチア語と非常に似ているものですからね、ひとつひとつのアクセントを間違えるんですよね。「元気ぃ?」って言うのをクロアチア語はカーコシーですけどスロヴェニア語はカコーシーですからねぇ。絶対そんなの区別できるとは思えないし(笑)。しかもですねぇ、いつも隣にはカミさんという名のスロヴェニア語の専門家がおりまして……あ、最近カミさんスロヴェニア語の辞書出しましたんでよろしくお願いいたします(笑)。まあとにかくそういう人がそばにいますんで僕のスロヴェニア語を聴くと「あんたのは全部ひとことずつ間違ってる!」と言われる。それでもやっぱりスロヴェニア語って魅力的な言語でしてね。うまくなりたいなあと思うんです。

 リトアニア語はもちろん言語学のためにやったんですが、これも本当にうまくならないなあと思うんですが、でも今や、学ぶのに本当にいい環境になりましたよね。白水社から『ニューエクスプレス』のリトアニア語が出ています。櫻井映子さんという、日本で一番リトアニア語教育ができる、非常にいい方がいらっしゃるんですが、この本を買わない手はない。この本で、こんなに安く、リトアニア語を日本語で学べるようになったというのは驚きですよね。僕の頃は英語やロシア語で書かれたようなものを端からやってきたわけですから。学ぶ環境は良くなっているはずです。というか環境をよくしていかなきゃいけませんよね。それはわたしの仕事の一部だと思っています。

「わたしのこれから」

講演会の様子05_1

 わたしのこれからですけれどもね、本を書くということを仕事のうちの主な所に持っていかなきゃならないんですけれども。「何をしていかなきゃならないかな」というのを思い返しますと、これまでになかった語学書を作らなきゃいけないのかなと思います。つまり語学書というのは、まだまだ工夫できるんじゃないかと考えています。今のでいいと思っちゃいけない。それでそのためにはいろいろな事を吸収していかなきゃいけないんじゃないかな。しかも、ただロシア語の本だけとかいうのじゃなくて、できれば僕以外のいろんな友人や先生たちも一緒になって、いろんな言語でシリーズになるようなものをこれからも増やしていって。そのためにはいろいろな人と相談していきながらということが必要で、そのためにはいろいろな外国語の先生と付き合っていくことも必要だと考えています。

 で、このうんと先、僕の人生の終わりの頃が見えてくるようになったら、辞書と、スラブの概説と、それから言語の歴史の本。語学書も書き続けたいと思っています。その頃は個性が出るようなエッセイとかはやめて……。あの、あんまり、お歳を召した言語学者が書くエッセイは、どうもな……、というのが多いので(笑)、わたくしは、違うことがやりたいなと思いましてね。そして、教え子のために本を書くということは、これからしばらく続けたい。

 振り返ってみますと、『外国語の水曜日』という本は、大岡山の大学の教え子たちのために書きました。『はじめての言語学』という本は、私大の理系学部時代の教え子たちを思い浮かべながら書きました。この本は影響力が大きくて、最近はこの本を読んで外国語を目指したなんていう大学生が増えてきて、もう本当にその子の人生取り返しがつかないことをして申し訳ないなと思っていますけれども(笑)。でもこの本の影響が一番大きいみたいで。だからこそこれから高校生にメッセージを送らなきゃという気持ちにもなるんですよね。そして今回、『ぼくたちの英語』は、C君とP君に書いたので、これからもこんなふうに、若い人のために本を書きたいと思っています。

 ……実は僕は手塚治虫が好きだったので、彼の作品みたいに、ある作品の登場人物が別の作品にも出てくるみたいな、これまで出た本の主人公たちが、この先書く本のあちこちにも登場すればいいなと思います。たぶん僕の本に出て来た人たちはこの先もあちこちに出てくるんじゃないかな。

 これから先、わたしがどうなっていくかわからないですが、最近はこういう講演は時々なんですけれど、外国語大学には半期ですが毎週非常勤で教えに行ってるんです。そこでは授業を2コマ持っているんですが、ひとつは凄く大人数の、一般教養の言語学みたいなものやっていて。250人くらいが毎回来る、そんな大人数の中なのに、なぜかいつも一番前に座っている変な子たちがいまして。その5人ぐらいが勝手に「裏ゼミ」を結成してまして、なんだかしょっちゅう一緒に飲みに行くようになったんですが、どうも、彼らは、次の僕の本の主人公を狙っているらしいんですよね(笑)。なんて奴らだろうと思うんですけれども、でもまあ確かに楽しい連中だし、僕はしばらくこの子たちを観察しながら何か考えようかなと思っています。「主人公なんていいことばかりじゃないよ」と、この前、『ぼくたちの英語』に登場するC君とP君を裏ゼミのみんなに会わせて一緒に新年会をやったんですけど、僕は、今まで出た本の主人公と、これからもしかして出るかもしれない本の主人公たちとが一緒に飲んでしゃべってるのを見て、大変嬉しい気持ちでいっぱいでした。

 ということで、この先もですねぇ、学者だとか何だかが喜ぶような、立派な本は書けそうにないんですよね。でもそれは当然だと思います。しょうがない。だってわたしにはね、学術的な研究への意欲なんか無いんです。わたしにあるのはたったひとつ、ことばへの異常な愛情だけなんです。今日はありがとうございました。

質疑応答

Q. 先生のリトアニア語力はどれぐらい上達したのかなと(会場笑い)。

A. やったのが1ヶ月ですからねぇ、本当に、忘れる勢いも早いんで。今リトアニア語で何か言えって言われても言えないと思うんですけど。いちおう威張って言うのは、クラス5人だったかな……、卒業試験は僕がトップだった(笑)。まあレベルが低いからね全体的に。だけども今は過去形も覚えてないような。つまりリトアニアに行って、現地で使うことばはやっぱり残ります。現地で何を使うかというと、それは現在形と命令形なんですよね。そりゃそうでしょ、リトアニアに行って買い物しようって時にいきなり過去形使って自分の過去の話してもしょうがないんで(笑)。使う形が決まってきちゃう。するとそればっか残っちゃうんですね。そういう意味では非常にバランスが悪くて、旅行に行った時に使えるぐらいの語学力しかない。それは実はイタリア語とかもそんな感じです。……だからそうねぇ、『ニューエクスプレス』のリトアニア語を半分ぐらいまでやったらアップアップするぐらい。とても低いレベルです。

Q. 多言語を学ぶコツはありますでしょうか? 多言語を学ぶとなかなか一言語を学ぶのが難しいといわれているようなんですが……。

講演会の様子05_2

A. いっぺんに始めないことです。これは千野先生からも言われました。一度に始めちゃダメだよと。先生は「三色寒天」と言っていました。つまり、ひとつもののが固まってから次やらないと、間がぐちゃぐちゃになっちゃうよと。だからそれは気をつけていて、わたしが同時に始める言語はほぼ無いです。特に系統の近い言語をいっぺんに始めるのは愚かなことだと思いました。あとは時間をかけるしかないですからね。だから多言語をやったぶん、僕はロシア語能力も含めて、それは全体的には低いと思うんですけれども、それでも余りあるものがあるので多言語を目指し、そしてそのためには時間をかけるしかないんです。なるべく時間をかけること。それしか言えないと思います。

 最後に一言。わたしの話なんか聴いたって外国語はうまくなりません! 今日、お帰りになるときには電車の中で語学書を必ず読む、ということでもしないとうまくなりませんよ。明日からじゃ遅い! 今日から勉強してください。本当にありがとうございました。(終)

『ニューエクスプレス リトアニア語』櫻井映子著(白水社)

『ニューエクスプレス リトアニア語』 櫻井映子著(白水社)

『スロヴェニア語日本語小辞典』
金指久美子著(大学書林)

『スロヴェニア語日本語小辞典』
金指久美子著(大学書林)

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黒田龍之助

1964年東京都生まれ。上智大学卒業。東京大学大学院修了。東京工業大学助教授、明治大学助教授などを歴任し、ロシア語、英語、言語学を担当。現在は、専任を持たず且つ専攻言語のみにとらわれないという意味での「フリーランス」語学教師として、執筆と講演を中心に活動中。専門はスラヴ語学、言語学。2001〜2002年度NHKテレビ「ロシア語会話」、2008年度NHKラジオ「まいにちロシア語」講師。著書に『ぼくたちの英語』(三修社)、『羊皮紙に眠る文字たち』『外国語の水曜日』『その他の外国語』(以上、現代書館)、『ロシア語のかたち』『ロシア語のしくみ』『ニューエクスプレス ロシア語』『にぎやかな外国語の世界』(以上、白水社)、『ウクライナ語 基礎1500語』『ベラルーシ語 基礎1500語』(以上、大学書林)、『ポケットいっぱいの外国語』(講談社)、『はじめての言語学』『世界の言語入門』(以上、講談社現代新書)、 『語学はやり直せる!』(角川oneテーマ21)がある。

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