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『まるごと』ミニ解説

更新日:2018.10.01

まるごとミニ解説


2015年のACTFL Exhibitor Workshopに際し配信した、著者来嶋洋美先生による、『まるごと 日本のことばと文化』ミニ解説を転載します。



『まるごと 日本のことばと文化』ミニ解説 その1『まるごと』と文型

こんにちは、著者の来嶋です。

これから『まるごと』について、3回にわたってお伝えしていきます。今回はその第1回目「『まるごと』と文型」です。

『まるごと』は課題遂行能力の養成、つまり、日本語を使ったコミュニケーション行動に必要な力をつけることを目指しています。「かつどう」編と「りかい」編があって、「かつどう」では日本語を実際に使う力を、「りかい」では文字・語彙・文法・文型などの力をつけることが目標です。では、「りかい」について簡単に解説していきます。


『まるごと』「りかい」編の文型学習の特徴

『まるごと』では、「文型学習は最終目標ではない。コミュニケーションを支えるために行うものだ」と考えています。ですから、『まるごと』で学習する文型は、初めからリストになっているというよりも、コミュニケーションのために必要なものを拾い上げるという考え方で決めていきました。こんなことを言うと、「どうやって?」と心配そうな声が聞こえて来そうですが、もちろん、やみくもに決めたわけではありません。従来の初級文型をながめながら作業を進めていきました。というわけで、『まるごと』の文型には、文型シラバスの教科書(『げんき』や『みんなの日本語』)とだいたい同じような項目が挙がっています。取り上げ方としては、「単純なものから複雑なものへ」。主な活用形で言えば、テ形・タ形・ナイ形・辞書形を初級1(A2)で、受身形・可能形を初級2(A2)で、条件形・意向形を初中級(A2/B1)で導入する、という具合です。入門(A1)では、動詞/形容詞/名詞述語文のほか、「〜ができます」「〜はだめです/だいじょうぶです」など、汎用性が高くて覚えやすい、単純な表現を導入しています。


さて、コミュニケーションのための会話を出発点にして、そこで必要な「使える日本語を学ぶ」というのが『まるごと』の方針なのですが、文型学習上の特徴を簡単にご紹介します。


1)文型の説明はできるだけシンプルにする

知識の学習なら文型や文法の説明はいくらでも詳しくできると思いますが、『まるごと』では会話の中で必要な意味だけを理解すればじゅうぶん。そのほうが、文脈と合わせて記憶にも残りやすくなることでしょう。


2)必要なら、複数の課で同じ文型を学習する

効果的なコミュニケーションのために必要な文型は、トピック・場面・文脈を変えて繰り返し導入、練習していきます。

つまり、よく使う文型は複数回学習するということになります。この点、文型シラバスの教科書とは、配列的に少し違う見え方をしているかもしれません。


3)「使える日本語」のための工夫

文型練習で使う文はすべて、トピック内容に沿った場面を想定したものです。また、会話音声を聞く練習も取り入れました。口語表現としての自然さも考慮しています。例えば、「V-てはいけません」「V-ちゃだめです/いけません」(初級2)は、各々書き言葉と話し言葉を想定した練習で使い分けるように誘導します。(←いったいどんな内容なのか、気になるでしょう?)


4)「りかい」で取り上げていない文型

『まるごと』入門(A1)、初級1・2(A2)、初中級(A2/B1)を通して学習する文型は、初級の文型をだいたいカバーしていますが、あえて取り上げていないものもあります。たとえば、使役や使役受け身など、文型の機能がA2レベル(基本的な日本語を使って、身近で日常的なやりとりができるレベル)を超えていると思われるもの。また、同じような機能の文型がほかにあるので重複して練習する必要性が低そうなもの、です。例えば「〜つもりだ」。これは「〜たいと思う」を使えば基本的なコミュニケーションにはあまり問題ないと考えて、学習項目に入れませんでした。


「かつどう」編との関係

ここまで『まるごと』「りかい」編に焦点をあててお話ししましたが、実は「りかい」編の文型を拾い上げている会話は、「かつどう」編の学習目標になっている会話(目標Can-doの会話)と共通のものです。両編は同じCan-doの達成を目指して、別の方法で学習する教科書なのです。ぜひ「りかい」と「かつどう」を見比べてみてください。教室活動の具体的なイメージが湧いてくると思いますよ。


第1回目はいかがでしたか。次回のミニ解説のテーマは「『まるごと』とCan-doについて」です。

どうぞお楽しみに!


来嶋洋美(国際交流基金日本語国際センター)



『まるごと日本のことばと文化』ミニ解説 その2『まるごと』とCan-do

こんにちは。著者の来嶋です。『まるごと』ミニ解説、第2回目の今日は『まるごと』の設計上とても大事な柱であるCan-doについてご紹介します。皆さんは、Can-doという用語を聞いたことがありますか。

前回お伝えしたように、『まるごと』は課題遂行(日本語を使ったコミュニケーション行動)に必要な力をつけることを目指す教科書で、2つの主教材、「かつどう」編と「りかい」編があります。「かつどう」の学習目標は「具体的な言語活動」なので、日本語で何ができるようになるのかを、学習者にわかりやすく示す必要があります。例えば「家族の写真を見て話します」とか、「休みの日に何をするか話します」など、日本語を使って具体的に何ができるかを表しているのです。これらの文をCan-doと呼んでいます。もう、お気づきかもしれませんが、Can-doは目標設定だけでなく、評価にも使えるんですよ!

では、解説を始めましょう。


Can-doのレベル・種類(5技能)と『まるごと』Can-do

Can-doのレベルは、JF日本語教育スタンダードという枠組みが示す6段階(A1/A2/B1/B2/C1/C2)のレベルになっています。いくつかの例外はありますが、『まるごと』入門ではA1の、初級ではA2のCan-doを扱っています。言語活動のCan-doには、「やりとり・話す・書く・聞く・読む」の5つの技能があり、『まるごと』入門〜初中級の場合、全体の約75%が「やりとり」と「話す」に関するCan-doです。実際に練習する会話(Can-do会話)の例を2つご紹介しますので、場面を想像しながら読んでみてください。(Can-doはコースブック用に単純化して書いてあります)


【例1】入門(A1)トピック3「食べ物」第5課「なにがすきですか」

Can-do 10:ほかのひとに飲み物をすすめます(A1)

(セルフサービスで好きな飲み物をとる場面)

  A:コーヒー、飲みますか。

  B:はい、お願いします。

  A:はい、どうぞ。

  B:すみません。


【例2】初級1(A2)トピック6「食べ物」第12課「おいしそうですね」

Can-do 31:味について簡単にコメントします(A2)

Can-do 32:友だちに食べ物をすすめます/すすめにこたえます(A2)

(ピクニックで、お互いに持ち寄った食べ物を楽しむ場面)

  A:やぎさん、よかったらサラダ、どうぞ。

  B:はい、いただきます。このサラダ、ちょっとからくて、おいしいですね。

  A:そうですか。もう少しどうですか。

  B:ありがとうございます。でも、もうおなかがいっぱいです。

  A:そうですか。


いかがですか。トピックは2つとも「食べ物」。でも、それぞれのレベルでCan-doの難度が違って見えますよね。『まるごと』は、初中級までに同じトピックが何度も使われていますが、そのトピックを軸にして、Can-do会話や学習する語彙・文型が広がっていくのです。

ちなみに、JF日本語教育スタンダードは、ヨーロッパのCEFR(Common European Framework of Reference)と共通のレベルとCan-doです。CEFRのA1、A2はACTFLのOPI尺度の初級、中級に相当するようです(牧野2008)。


「かつどう」編のCan-doと「りかい」編の文型

「かつどう」の授業では、上のようなCan-do会話とそのバリエーションを使って、「聞く→表現形式と意味を発見する→話す」という教室活動を行います。会話文は、学習者が生活の中でよく遭遇しそうな場面を設定し、そこで交わされそうな、自然な日本語を重視して書きました。この会話の中にある重要な表現形式を、前回ご紹介した「りかい」で、学習文型として取り上げています。つまり『まるごと』は、「かつどう」も「りかい」もCan-doが出発点となっているのです。


Can-doを目標設定と評価に使うメリット

Can-doは具体的な行動を書き表した文なので、学習目標としてとてもわかりやすいというメリットがあります。毎回の授業のあとで、どれだけ目標が達成できたかを学習者自身で評価しやすいし、家族や周囲の人たちにとっても、学習者が日本語でできることは何か、授業で学習したのはどんなことなのかがわかりやすく、サポートしやすいのです。そして、Can-doは数えることもできるので、入門から初中級まで学習を続けた場合、約200のCan-doがリストアップされることになります。「外国語で何かができる」ということは、大人でも嬉しいものですよね。Can-doの内容をよく吟味し、レベルに従って慎重に配列することで、学習動機や意欲を高める効果も期待できると思うのです。


ミニ解説、次回のテーマは「異文化理解」です。

どうぞお楽しみに!


<参考文献>

牧野成一(2008)「OPI、米国スタンダード、CEFRとプロフィシェンシー」鎌田修・嶋田和子・迫田久美子編著『プロフィシェンシーを育てる―真の日本語能力を目指して―』凡人社、18-39


来嶋洋美(国際交流基金日本語国際センター)


『まるごと日本のことばと文化』ミニ解説 その3『まるごと』と異文化理解

『まるごと』ミニ解説もいよいよ3回目になりました。1回目は『まるごと』と文型、2回目はCan-doについて、そして、この最終回では異文化理解学習についてお話しします。

『まるごと』が最終的に目指している開発理念は「相互理解」。それは、「自分とは違うだれか」の存在を認め、理解し、人間関係を育むことでもあります。この「相互理解のための日本語」を学ぶ上で、「異文化理解能力」(文化)は「課題遂行能力」(ことば)と並ぶ重要な柱です。『まるごと』では、文化とことばを切り離すことなく、入門(A1)の段階から両方を学習していくのです。


『まるごと』で学ぶ日本の文化

『まるごと』は入門〜初中級の全編を通して、日本の日常的な生活文化を取り上げています。「かつどう」では各トピックの「生活と文化」というページで、様々な日本の光景を、写真を多用して紹介しています。例えば入門のトピック3(食べ物)では「ファーストフードの店」をテーマに、回転寿司や立ち食いそばなど5種類の店の写真を提示しているのですが、ここで大事なことは、「日本にはこんなものがありますよ」「日本ではこうしますよ」と表面的に伝えるだけではなく、その理由も一緒に考えてみる、ということです。なぜ日本には立ち食いそばの店があるのか、もしそれを変だと感じたのなら、なぜそう感じたのか、自分の国には立ったまま食べる店があるだろうかなど、写真を通していろいろなことを考えましょう。

これは米国のNational Standardsで提唱されている3つのP(Product, Practices, Perspectives)を重視した異文化理解学習にも通じるものだと思います。

さて、こうして自分なりに考えたら、今度はそれをクラスメイトと話し合います。同じ写真を見たからと言って、ほかの人も同じように感じるとは限りません。他者とのやりとりは、多様な考え方を受け入れる態度を養う上でとても重要なプロセスです。


異文化理解学習においては、学習者が内容を正しく理解し、自由に意見が言えるようにすることが大切なので、条件が整わない場合は別として、写真の説明やクラスでの話し合いには母語を使うほうが望ましいと考えています。


教室の外で

『まるごと』の異文化理解学習でもう一つ大事なことがあります。授業をきっかけに興味を持ったことがあれば、教室外でも自分で学習を深めてほしいのです。先の例なら、自分がよく行くエリアにお店があったら、回転寿司を食べに行ってみるとか、立ち食いそばについて身近にいる日本人に聞いてみるなど、実際に行動に移してみること。また、ウェブサイト(母語のサイトでOK)で調べてみるなど、無理なくできることをぜひ実行してほしいのです。


教科書の写真だけでは日本の生活文化のごく一部しか見せられません。多様性を知るためにも、この「もう一歩」がほしいところです。そして、このような活動を写真やジャーナルなどの記録に残し、ポートフォリオ(学習を自己管理するためのツール)に保存しておきます。クラスメイトと情報交換するときや、自分の経験を日本語で話すときに、ポートフォリオがあるととても便利で、役に立ちますよ。


おわりに

『まるごと』「かつどう」編の「生活と文化」のページについてご紹介しましたが、「りかい」編(初級1〜初中級)では言語使用の背後にある価値観について考えるために「ことばと文化」というコーナーを設けました。これ以外にも『まるごと』には、教科書全体として写真、イラスト、会話の場面や内容にまで異文化理解学習の素材が豊富にちりばめられています。『まるごと』を使う教師の役割とは、これらを活用しながら、毎回の授業で学習者に働きかけていくことだと思っています。

ご承知のように、米国のNational Standardsでは5つのC(Communication, Culture, Connection, Comparison, Community)によって外国語教育の方向性が示されていますが、これを日本語学習にあてはめると次のようになります。

 ●日本語でコミュニケーションを行う

 ●日本文化を理解する

 ●ほかの教科内容に関連付け情報を得る

 ●日本語と母語を比較して言語と文化への洞察力を養う

 ●国内・国外において日本語を使う文化・社会に参加する


『まるごと』の日本語と異文化理解の学習は、これらを満たすことができるだろうと思っています。みなさんは、どのようなご感想をお持ちでしょうか。


ご意見、ご質問など、ACTFLの会場で、みなさんと直接言葉が交わせることを、心から楽しみにしています。

それでは、サンディエゴの会場でお会いしましょう!


<参考文献>

『21世紀の外国語学習スタンダーズ』日本語版(国際交流基金日本語国際センター)

http://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/syllabus/sy_tra.html

国際交流基金(2010)「日本語教授法シリーズ11日本事情・日本文化を教える」


来嶋洋美(国際交流基金日本語国際センター)


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